マスターブック舞台裏
その③(本の制作 ~チームとは何か?)

『自作スピーカー マスターブック』シリーズの本の執筆はどのように行われたのか? 今回はその実態に迫ります。

本稿では『自作スピーカー デザインレシピ集 マスターブック』を例にとります。本書は5人の共著。結論から言うと、本の制作に関わった人間は印刷・製本に関連した人を除けば、5人だけです。そして、それぞれ以下のような担当がありました。

  • 鈴木 第2章執筆/測定
  • だし 第4章執筆/作図/進行/製作
  • 髙山 第5章執筆/製作
  • 大矢 第3章執筆/製作
  • 熊谷 第1章執筆/編集/撮影/デザインDTP

第1段階 企画

本の構想を練る段階です。本に関する以下のようなことを決めました。

  • タイトル[1]
  • 内容
  • ページ数
  • 価格

上記はほぼ僕の独断で進めました。何を載せる本なのか、コンセプトを考えるところからスタートです。やりたいことが決まれば、次に本の具体的な構成を考えます[2]。構成とはつまり目次に相当する部分で、本の全体の流れを作ります。本書でいえば、5つの作例が各章を構成しますが、その中身(節-項)は全く同じとしました。つまりあらかじめ執筆にあたって何をどのぐらいの分量で書けばよいのかは、この時点でほぼ決定できました[3]


[1] タイトルの「集」について、レシピ集をマスターするのは語呂としておかしい。「集」は不要では? との意見もあったが、集まりであることをキャッチコピーにしたく堅持した
[2] 書籍の構成には、章、節、項などの階層が別れた分類がある。本体とは別に、巻頭では測定方法、グラフの読み方、ソフトウェア紹介、データダウンロードについて紹介。巻末には用語解説、あとがき、著者紹介などが入った
[3] 印刷を発注したプリントパックの無線綴じ製本の仕様上、本の最大ページ数は160ページ。巻頭・巻末の数ページを除くと本体部分として各著者30ページほど執筆が必要と見積もった。項目について文字数を事前に決めたのは本書のみで『自作スピーカー 測定・Xover設計法 マスターブック』『自作スピーカー エンクロージャー設計法 マスターブック』では自由にレイアウトしている

第2段階 ユニット選出・執筆スタート

今回は製作もある

5人のメンバーがチームとして集結し、本の制作が正式に動き出します。通常であれば直ちに机に向かって執筆ですが、本書では使うユニットを決める作業が最初でした。5作例の大まかなコンセプトは本の企画段階である程度決まっていたので[1]、それに見合うユニットを選びます。また、全5章ともそれぞれ別々のメーカーにするという制約もあり、検討作業には時間がかかりました。公開されているT/Sパラメーターを元に想定されるエンクロージャーを仮設計。その後、部品の購入は本の制作費用管理の兼ね合いもあり全て僕が担当。到着したユニットは商品撮影をした後、すぐに鈴木さんのところへ発送し測定作業に入ります。

執筆のやり取りにメールは使わない

この時点で「ユニット紹介」などの最初のページの執筆に各著者は取り掛かりました。執筆といえばどのような方法を想像されるでしょうか? 今どき手書きはありえませんが、パソコンに向かって執筆とはいかに? 実はチーム内で方法を統一していました。

マスターブックでは、執筆には共有のGoogleドキュメントを使用しています。あらかじめ章や節に当たる見出しを作っておき「このページは◯◯と◯◯の項目について2,000文字程度の分量を書くこと」など、具体的な指示を出しました。つまり原稿を受け取ってからそれに沿って編集・レイアウトしていくのではなく、「ユニット紹介は2ページで収める」というふうに、本書に限ってはレイアウトありきの方法にしました。これにより各章は全く同じレイアウトになっているのです。

Googleドキュメントを使った各著者用の原稿テンプレート

編集長の検閲?

各著者ごとにGoogleドキュメントは個別で執筆していきますが、それぞれが今何を書いているのか見ることもできるので、他者の文章も参考にできます。この手法で便利なのはリアルタイムに執筆の進捗を把握できることです。しかし著者にはプレッシャーで、執筆中も編集長が監視している! という事態も起こります[2]。今回は、著者が「◯◯の節を書き終えました」とコメントを入れたら[3]、僕は直ちに該当部分の編集作業に入り、必要があれば書き直しや追加の指示を出します。受け取った文書は編集者が変更を加えます。細かな言い回しを変えたり、漢字やひらがな表記の統一も行います[4]。次にレイアウトを行い、誌面PDFを共有して著者が結果をすぐに見れるようにしました[5]。僕のこの作業が(自分で言うのもなんですが)とても早いのです。著者はゲームのクリアの如くテンポよく継続します。DTPには専用ソフトを使っているので、各著者はレイアウトそのものには関与できませんが、これは商業誌でも同じことです。メールでWord原稿をもらって、受け取り確認の返信をするようなやり方ではこの本はいつまで経っても完成しなかったでしょう。

進捗管理も大事

執筆の進捗は編集長もモニタリングしていますが、本全体の制作進行はだしさんが担当。ガントチャートの工程表を元に、全体の進捗を管理し、全体会議の設置なども決定します。

工程表。横軸が時間、縦軸は各作業項目。同時並行で複数の作業が進んでいることが分かる

[1] 各著者はもっと自由に作例を作りたかったと思うが、意見はかなり抑え込んだ。本書で基礎編はできたのだから、次はアドバンスド編などが出版されることを期待したい
[2] 誰がドキュメントを開いているかは分かる仕様なので、書いている方もすぐに気付く
[3] 執筆中もコメントを入れてやり取りするなど、機能的にはとても使い勝手が良い
[4] 共同通信社『記者ハンドブック』になるべく準拠するようにした
[5] 本書制作用のGoogleドライブには原稿のほか、さまざまな参考資料などが共有された

第3段階 測定・設計・製作

画面を共有して同時に作業

鈴木さんにT/Sパラメーターを算出してもらったら、各自エンクロージャー設計に取り掛かります。VituixCADによるシミュレーションとFusion360による作図。作図はだしさん専任で、全ての作例の3D・2D図面を作ってくれました。作業はSkypeで画面を共有しながら行ったため「鬼目ナットのクリアランス確保で幅はこのぐらい必要」「デザイン上、ツイーターの位置をもう少し下に」「回路素子が入る空間があるかどうか確認しよう」など、その場で非常に具体的な検討をしながら進めることができました。作業を一人で行うのではなく、チームで行っていることがポイントです。

作業場を作った

次に作図データをエクスポートしてもらい誌面に反映。該当箇所の執筆も並行して進みます。同時に板材の加工を発注。その都度図面を持って行き依頼するのは僕の仕事でした。そして大きな難関、作業場の問題です。各著者ごとに自宅で製作を行う、というのも一つの手です。しかし本書コンセプトは「カラー印刷で高画質な写真を多用」。撮影環境が必須でした。そこで僕の部屋が作業場になりました。自慢のオーディオセットは寝室に移動、片付けられ、リビングにブルーシートを敷き[1]、長机の上で接着作業ができるよう設営しました[2]

エンクロージャー製作は各著者ができる限り参加し、だしさん監修のもと進みました。僕はオーディオ部に所属したことはありませんが、まさに学園祭前夜の光景。部屋で同時に複数のスピーカーが製作され、「1時間経ったから次の板材の接着をやろう!」というやり取りが聞こえて、猛烈なスピードで製作が進みます。僕もその一枚一枚の接着の写真を撮影していきます。編集長恒例のドミノピザはこの日は無く、スーパーで買った弁当を素早くたいらげて作業に戻ります。また、作業は17時を限度としました[3]

片方のチャンネルの完成を優先し、もう片方は後日に回すこともありましたが、それぞれの著者の連携は素晴らしいものがありました[4]

一本の机があるだけで作業は随分とやりやすくなった。圧着用のクランプ、ボンド、ウエスなどがこの計画のために事前準備された
部屋はスピーカーで一杯に(手前は第5章作例、奥に第4章と第3章のスピーカーが見える)

[1] 実際には写真のとおり白色
[2] 机はIKEAのLAGKAPTEN ラグカプテン / ADILS オディリスを使用。トールボーイ接着時も問題なかったが、安価な商品で安定度の高い机ではないため、あくまで暫定処置
[3] 「夜まで作業が続いては困る。ここは俺の自宅だ!」製作ではあまり騒音は出なかったが周辺への配慮、著者への配慮もある。このあたりは学生のだらしなさと一線を画す大人の仕事場と化した。編集長は徹夜というものを人生で数えるほどしかしたことがない
[4] 僕もいくつもエンクロージャーを作っているが今回ほど精度高い製作は初めて。だしさんに作業方法の指南を直接受けられたのが良かったのと、使用する圧着工具は必要最低限のものを準備する大切さを知った

第4段階 測定・ネットワーク設計

完成したエンクロージャーを梱包し鈴木さんへ発送(チームは関東と関西に居住)。ここでいよいよ箱入りユニットの裸特性が出ます。著者は想定していたものの、得られたデータに四苦八苦しながらネットワーク設計を行いました。回路設計はみんなでレビューし、妥当かどうか検証しています。回路をシンプルに設計するよう僕が強権を発動したため[1]、結果には多くの妥協が含まれています。本書では音質として最良の結果より、作りやすさも重要だったからです。より良い結果のために「オプション」のページでグレードアップの提案も忘れていませんので参考にしてください[2]

ネットワーク部品が集まったら、ボードに各著者が自分で配置・固定していきました[3]。回路素子の接続法も各自検討をしてもらった結果、著者それぞれが少しずつ異なる手法を採用したのは、多様性の面で良かったと思います。こういった点は、一人で本を書いた場合より良い結果が生まれていると思います。


[1] ノッチフィルターを使わない。トールボーイ作例では2次回路にこだわった など
[2] 裸ユニットの測定データは全てダウンロード可能。読者が後から自由にクロスオーバーネットワーク回路の設計ができるのは本書の大きな特徴の一つ
[3] 大矢さんが黙々と作業している横で、ほかの著者と楽しくおしゃべりをしていたら「手伝ってください!」と叱られた。そう、チームプレーを忘れてはいけない。この作業では電動ドリル(ドライバー)を使って下穴あけやネジの挿入などの作業を行ったが電動工具が使用されたのはネットワーク回路の固定とスピーカーターミナル固定ぐらい。木材を削ったりの作業はなく、負荷は高くない

第5段階 測定・試聴

完成したスピーカーの測定を行い、結果を見ながら執筆を行いました。シミュレーションと合致しており、素晴らしい結果でした。また「全方位レビュー」は、実は試聴しながらその場で執筆[1]、という大変さを体験しながらも、少しは評論家の偉大さを知る良い経験になったのだと思います[2]


[1] 後日執筆では音を忘れてしまうと考えたから。著者に持参してもらったパソコン・スマートフォンで、音を聴いてはメモを取る、まるで記者のような作業だった。また、レビューにあたり各自事前に雑誌記事を参照して語句を集めるよう指示。オーディオ的な表現にどのような言葉があるのかを研究した
[2] 偉そうなことを言っているが本人は常時試聴可能で執筆も先行できたので別。また、自分だけ聞く順番を間違え、良いものを先に聞いてしまった結果、一部スピーカーで評価が厳しくなった

最終段階 校正

本書では執筆の終わった節から順番にページが完成していきました。最後の「全方位レビュー」「あとがき」[1]を書いた時点で各著者は全ての原稿を脱稿。僕が巻末の「用語解説」などを書いて本の全体が整いました。ちなみに著者紹介の顔写真の一部は僕が撮影しています[2]

最後の作業は各自一人でじっくりと

『自作スピーカー マスターブック』シリーズの制作最終段階は「著者校正」です。少し大きめのB4用紙に全ページをプリントし各著者に発送[3]。画面ではなく、紙の状態で全体を通して再度読んでもらい、誤字脱字がないか、書き換えた方が良い部分はないか、細かな指摘箇所を赤ペンで手書きしていく、最終確認作業です。一週間で一つの章(30ページほど)を僕へ返送してもらうペースで進め、全5週間を要しています[4]。僕は自分でも赤字を入れながら、返送されたゲラを机に広げて、どの指摘を反映しどのように書き換えるのか、最終の修正作業はいつも大変です。細かな誤りが訂正され、全体を通して読むことで文章がより良くなっていきます。面白いのは、著者によってそれぞれ見ている視点や気付きが異なること。そのおかげで全体としてはうまく修正が進みました。

著者校正が完了したら、いよいよ印刷所へデータを入稿します[4]。発注から1週間ほどで印刷・製本が出来上がり、本を手にすることになりました。見本誌を販売店に送って了承をもらい、無事販売がスタートしました[5]

出来上がった本を初めて手にした時。各著者の喜びは何者にも代えがたい

[1] ある男から「本買いました。熊谷さんのあとがきが良いですね!」と第一声をもらった。「そうか、分かってくれたか」と返事。通常であれば本編と無関係な部分に感想を言うのは不自然だが、編集長が一番力を入れたのが「あとがき」である。彼はなかなかセンスのある男のようだ。本チームには所属しない、もうひとりの重要人物のこと
[2] Appleの役員紹介と同じようにしたいと思っていた。氏名と担当のシンプルな表記もこの影響。既存のオーディオ商業誌のようにプロフィールを長々と書くのはダサい。写真はもう少し笑顔の方が良かったみたいだ
[3] キンコーズでPDFデータをプリント。費用は3万円もかかっている。B4用紙160ページは分量が多く、各著者には郵便ではなく段ボール箱に入れて宅配便で発送。切手を貼り付けた返信用封筒を事前に同封した
[4] PDFファイルをウェブ画面からアップロードするだけなのだが、いつも緊張が走る瞬間
[5] 僕の知る限り最初に本書を販売店で購入したのは女性である(もちろん母とか彼女とかでなく自作スピーカービルダーとして)

というわけで、現代的なツールを駆使しながら執筆を行っていた、というのが舞台裏でした。一人でコツコツの同人誌とは違い、チームでの制作は良い部分もあれば、難しい部分もあります。それを経験できる良い機会だったといえるでしょう。不満があったとすれば、うちに秘めたエネルギーは次なる計画に転換していってください。

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