マスターブック舞台裏
その②(企画とその変遷 ~こうして彼らは出会った)

自作スピーカー マスターブック』シリーズは全3巻あり、いずれも私が企画・編集しました。コロナ禍の中、オーディオにおける人的交流や製作活動がままならない状況がありますが、ここでは一つ、7月を読書推進月間と位置付け、マスターブックシリーズの変遷を紹介したいと思います。そして、あまり語られなかったその舞台裏です。

自作スピーカー 測定・Xover設計法 マスターブック

書籍情報

書名 『自作スピーカー 測定・Xover設計法 マスターブック』
対象 自作スピーカービルダー中級以上
判型 A4 モノクロ114ページ
価格 1,500円(税抜)
発売 2017年4月
著者 Iridium17
発行 SK Audio(同人誌)

コイズミ無線

共立エレショップ

鈴木康平さん(Iridium17)のブログを見ていて、自作スピーカーの測定に造詣の深さを感じ、まだ会ったこともない鈴木さんへ連絡し、勉強会の構想を打ち明けたのが2016年のこと。その時点で、新たな手法の解説こそ、日本の自作界に必要なことだと感じていたからです。早速、解説用の資料を作ってもらい、測定実演などの構想を進めましたが、残念ながらその計画は実現できずに終わります[1]。しかし、鈴木さんはウェブサイトで測定操作マニュアルを発表するなど実績があることを踏まえ、一冊の本としてまとめることを提案。これが『自作スピーカー マスターブック』シリーズのスタートとなりました。

執筆と編集には1年近くを要しました。また、内容に誤りがないかをチェックするため、外部の2人の方に査読を依頼。指摘点を修正対応しています。そうして、クロスオーバーネットワークの理論と、シミュレーション設計のための測定方法を具体的に解説した初の書籍(同人誌)として完成させました。表紙は測定用マイクと銅製フェーズプラグが美しいウーハーをデザイン[2]。鈴木さんの発案で2017年4月9日、東京・秋葉原で開催された同人誌展示即売会「技術書典2」にて発売し、時期を同じくしてコイズミ無線シリコンハウスなどの店舗で取り扱いが決まったのも幸運でした[3]

2019年には使用するオーディオインターフェースや測定用マイクロフォンなどの機材の紹介など、より具体的な内容を盛り込んだ改訂版「第4版」を発行し内容を大幅に増強。

本書の制作コストは、印刷に約7.5万円(200冊)を計上。その他、編集・DTP制作費用を含めなければ、他にはあまり費用がかからず、すでに黒字化。利益分は著者・編集者に印税として分配しています。


[1] 僕が首都大学東京の黒澤さんから「オーディオ勉強会」のアイデアを持ちかけられたのは2017年の冬。翌年2月に第1回を開催。その後、第3回(2019年5月)、第4回(2021年5月)で鈴木さんも登壇し当初構想は現実となった。ちなみに黒澤さんとの邂逅(かいこう)は2016年夏の「コミックマーケット90」。旧知だったカノン5Dさん出展ブースの隣で偶然の出来事だった。初対面の印象は「生意気なヤツ」。本人は否定しているが、いわゆる「マスターブック派」である(なぜ彼がマスターブックの著者に入っていないのかと質問されることも多いが、僕と不仲ということではない)。他には、立命館大学・音響工学研究会のだしさんとは、2016年12月に中央大学で開催の「学術研究発表会(のちの理科サークルフェスタ)」にて。優しそうな人柄の印象だったが、励磁型に過激に改造されたFOSTEXユニットが皆の度肝を抜いた。3冊目の著者となる東京電機大学・オーディオ技術研究部・髙山さんとは2016年10月の学園祭で、オーディオファンらしからぬイケメンな印象。大矢さんとは人を通じて2017年頃に出会ったと記憶している
[2] 赤線の「インパルス応答波形が逆相ではないか?」との鋭い指摘が読者からあった。私が2次のLinkwitz–Riley(LR2)フィルター特性をクロスオーバーに持つスピーカーのデータをトレースしたためで、特別な意図はない。ユニットは所有していたマグネシウム振動板のSEAS W22EX001。ボルト穴がパテで埋まっているのはバッフルには直接固定しないリアマウントで使っていたため
[3] 技術書典の会場、秋葉原UDXとコイズミ無線は目と鼻の先。イベント終了後そのまま本を持ち込み売り込んだ

自作スピーカー エンクロージャー設計法 マスターブック

書籍情報
書名 『自作スピーカー エンクロージャー設計法 マスターブック』
対象 自作スピーカービルダー中級以上
判型 A4 モノクロ160ページ
価格 2,000円(税抜)
発売 2018年9月
著者 Iridium17/だし/熊谷健太郎
発行 SK Audio(同人誌)

コイズミ無線

共立エレショップ

2017年『自作スピーカー 測定・Xover設計法 マスターブック』編集をしている中、実はすでに次の本の企画は出来上がっていました。測定 + クロスオーバーというのは、その時点で詳しい解説書がなく、本の企画として、ある一定層の需要を見込んで発行するものの、やはり上級者向けといえます。自作スピーカー全体として考えれば、次にエンクロージャー設計に関する書籍が必要なのは言うまでもない状況でした。

本書ではVol.1から引き続き鈴木さんを筆頭著者に、エンクロージャー製造技術に定評があった、だしさんを著者に迎え入れます。私自身も編著という形で該当章の執筆を担当し、3人の共著体制を組みました。若手のだしさんを迎え入れたことで本の制作進行にSlackなどの新しいツールが取り入れられ、格段に作業がはかどるようになります。

また、技術解説の執筆だけでなく、Scan-Speakの作例を実際に製作したのも大きな特徴の一つです。3人の著者はすぐに会える距離にはいませんでしたが、オンライン上でのやり取りを元に、スピーカーの設計・製作までを完了させました。ちなみに、その後、3人揃ってスピーカーの試聴をしてレビューを書いたのは、なかなか楽しい作業でした。「音質インプレッション」として本書P148に掲載をしています。

この本で難しかったことといえば、出典、記載内容の出どころ、証拠をできる限り明らかにしようとしたところです。マスターブックシリーズでは「オーディオマニアの経験値に基づく内容は記載しない」。それがポリシーでしたから、場合によっては論文などを参照する作業が必要になりました。執筆途中で指摘が出てきて再調査するなど[1]、執筆者自身も勉強になったことがとても多かったと思います。国会図書館に廃版となった書籍を参照しに行ったことが懐かしく思い出されます。Vol.1同様に外部の査読を依頼しています。

本書は2017年夏に計画がスタートし、翌年2018年9月に初版の発行[2]となりました。先立って4月に開催の「技術書典4[3]では作例スピーカーをサンプル展示し出版予定をPR。スピーカーの製作・試聴などの作業も行いながら、1年で本が完成できたことになります。表紙はScan-Speakの作例スピーカーです[4]。同年10月には電子版も発行しました[5]

本書の制作コストは、印刷に約9万円(200冊)を計上。初版の内容から一部誤りを修正し増刷を重ねて黒字化。作例スピーカーも売却ができました。利益分は著者・編集者に印税として分配しています。


[1] 例としてポート共鳴周波数fbの説明「振動板とポートの位相が90°異なる」がある。位相差0°(反転)との解説は誤りである
[2] 2018年2月と5月に、第1回、第2回「オーディオ勉強会」をそれぞれ開催。出版とイベントの2つの計画を並行させていた時期。第1回では大矢さんが、第2回では髙山さんがそれぞれ登壇。この実績が3冊目のマスターブックへとつながっていく
[3] 隣のブースでは黒澤さん率いる首都大オーディオ研究会が『METRO NOTES』2017年春特別号/2016年冬号を発表。同人誌の出版は彼らの方が早く、この頃からライバル関係になる。2020年3月には黒澤さんの著書『理論からはじめる スピーカー設計入門(上巻)』が出版されている
[4] 表紙の色は当初オレンジでデザインされていたが、外部から「ダサいのでは?」との意見があり、青色に落ち着いた
[5] 電子版はオールカラー

自作スピーカー デザインレシピ集 マスターブック

書籍情報
書名 『自作スピーカー デザインレシピ集 マスターブック』
対象 自作スピーカービルダー中級以上
判型 A4 オールカラー160ページ
価格 3,000円(税抜)
発売 2020年8月
著者 Iridium17/だし/髙山秀成/
大矢秀真/熊谷健太郎
発行 SK Audio(同人誌)

コイズミ無線

共立エレショップ

2冊を出版したことで少なくともシリーズ本といえることから、私としては区切りがつきました。しかし、どうしても欲しくなるのが作例集でした。ただし、作例本となると机に向かう執筆だけでは済まされず、これまでとは異なる状況が目に見えていたので、アイデアのみ温めることにして実行には移さずにいました。2018年の冬には本の詳細な企画案が完成するものの、実際に動き出したのは翌年の夏[1]まで待たなくてはいけません。新たに学生2人を著者に迎えて5人の著者による共著でスタートすることになりました。学生とはいえ、すでに実績を積んでいる優秀な人材です。私にとって最も難しかったのは、執筆や製作ではなく、人選だったといえます。マスターブックシリーズがスタートしているその時から(あるいはそれ以前から)常に書ける人材を探していたわけです。

事前の測定は鈴木さんが担当。スピーカーの製作は私の自宅で行い、数ヶ月間作業場と化しました。とはいえ著者が集まって板材を接着する作業は、事前に準備した優れた工具類[2]のおかげで順調に進みました。製作作業だけでなく、途中に撮影[3]が入ることから、だしさん監修の元、事前に順序だててもらった作業工程に沿って接着しました。この作業工程の明確化は、板材を接着する順番を写真とイラストで全て紹介するという、本書の内容としてそのまま取り入れられました。

5人の著者の執筆、設計、製作となるため、制作進行にはガントチャート[4]を利用して「誰が・いつまでに・何をやるのか」を明確に定め、締め切りを厳守させたため、著者たちには大変なストレスを与えたことと思います。とはいえ、それをやりきれる人選でした。

さて、本書はこれまでの解説本とは異なり、ムック本のような体裁を目指して、オールカラーで写真をふんだんに使用する誌面デザインを採用しています[5]。制作スポンサーとして広告も入るなど[6]、新たな領域に踏み出しました。執筆途中にコロナ禍に陥り、移動制限がかかるなど困難にも直面しましたが、2020年の8月に出版。スピーカーを5セット製作して、執筆も行いながらわずか1年で本が完成というのは、チームの底力だといえます。

最後に本書の制作コストですが、印刷に約22万円(200冊)を計上。その他、作例スピーカー5台の製作費用として46万円。工具類のほか、著者の交通費も別途計上しました[7]。いずれの作例スピーカーも幸運にも売却ができましたが[8]、発行から1年の現在、黒字化には至っていません。


[1] 2019年5月「第3回オーディオ勉強会」を終えてから本書制作に注力した
[2] クイックバークランプとコーナークランプ。詳細は本書P113を参照
[3] 撮影は熊谷が担当(使用カメラ:NIKON D7500)。著者紹介に記載したとおり、それぞれ専門分野を担当に割り振った
[4] Instaganttというサービスを利用した
[5] 本書制作ソフトはAdobe InDesignを使用。他にPhotoshop、Lightroom、IllustratorなどAdobe Creative Cloudシリーズを用いている
[6] 初版ではSPEAKER FACTORY XPERIENCE
[7] 関西と関東の人的移動のほか、作例スピーカーの運送費用などがかさんだ
[8] 3Way作例(通称髙山モデル)は小説家・榎本憲男氏が所有。榎本氏と『Stereo』編集部の好意により2020年頃から雑誌紹介記事も。2020年8月号「だしさんインタビュー」。9月号「スピーカー工作の新しい潮流 髙山モデルインストール」。10月号「俺にロックを鳴らさせろ 髙山モデルレビュー」いずれも榎本氏の記事

これらの本の発行に関わった人の、試み、挑戦する姿は、それ自体が成功といえるものでした。今後も同人誌や、商業誌で興味をひく本が出版されていくことと思います。プロの商業誌では当然ですが、チームを形成して目標に向かうのが最良です。もし同人誌執筆や勉強会などのアイデアを構想しているなら、ぜひ仲間と一緒に計画を企ててください。

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